マンマシンシナジーエフェクタ(MMSE)開発
- 2009-08-26
ロボットを使って人間が「すごいこと」をできるように
パソコン・インターネットの爆発的な普及が巻き起こした情報革命は、経済活動から私たちの家庭生活までを激変させた。携帯電話も同じく、私たちの生活に大きな変化を与えた。この二つに共通するのは、製品単体としてだけではなく社会インフラ全体のイノベーションであったこと、つまり「パソコン・インターネットがあって初めて成立する社会」、「携帯電話があって初めて成立する社会」を創り上げたという点である。どちらも初期の製品は高価で使い勝手も悪く、一部のマニアにしか売れないものだったが、今ではなくてはならない社会の基盤となっている。
では、ロボットテクノロジー(RT)はどうだろう。RTは、ITや携帯電話以上のイノベーションを社会全体にもたらすだけの高いポテンシャルを間違いなく秘めている。しかし現状では、「ロボット」という言葉によって想起されるイメージは人によってバラバラで、「ロボットがある社会」の未来像は総花的な百花繚乱の様相を呈している。そんな、ロボットイノベーションだらけのバラ色の未来は本当に来るのだろうか。
「イノベーションは、短期的な金儲けとは必ずしも両立しません。携帯電話も、四半世紀前のショルダーホンの時代には重さ3キログラムでした。その時代に、綿密な市場調査を行なってニーズを把握し“短期的に儲かる携帯電話ビジネスプラン”を立案することに果たしてどれほどの意味があったでしょうか? 今となっては陳腐な話ですが、私には今の“ロボットビジネス”も同じ状況にあるように思えてなりません。大事なことは、今目の前にあるハードウェアの性能や見た目に縛られず、本質を見抜くことです。二言目には“イノベーション”と繰り返す人ほど、ショルダーホンを近視眼的に見て“こんな重いものは役に立たない”と言ってしまうことに注意しなければなりません。ポーズだけではなく本気でイノベーションを起こしたいなら、その“携帯する電話”としての本質が描き出す近未来のビジョンを予測する想像力・創造力、すなわち“目利き”が不可欠なのです。そして“目利き”とは客観ではなく主観です。客観的データが不要とは言いませんが、データからイノベーションが生まれるはずもないのです。今のロボットビジネスの分野には、“客観的データに基づくビジネスプラン”は溢れていますが、主観的な目利きは決定的に欠けています。これではニッチな市場を掘り起こすことはできても“ロボットがあって初めて成立する社会”をつくるのは難しい」(金岡氏)
その社会を創り出すには、今はまだバラバラな「ロボット=○○○」というイメージを、多くの人々が共有するところからスタートしなくてはならない。では、金岡氏の考える「○○○」とは。
「一般的にはセンサ+コンピュータ+アクチュエータといわれますが、これは多くの家電にも当てはまります。これをロボットというカテゴリーで一絡げにしてしまうのは少々乱暴に思います。あるいは、ロボットのイメージを統一するなどとは考えない方がいいのかもしれません。ロボットの定義は人それぞれであっていいと思います。むしろ必要なのは“役に立つRT=○○○”というコンセンサスです。ロボット工学は、機械工学、特に力学を礎として発展してきました。その点で私は、ロボットの本質とは力学的相互作用であり、それこそが人間の役に立つ機能になりえると考えます。平たく言えば、アクチュエータの高度利用こそが○○○、つまり役に立つRTの肝だということです。アクチュエータが可愛い身振り手振りを表現するためだけに使われているようなシステムは、いくら高度な画像認識技術/音声認識技術/ネットワーク技術等が使われていても、私が考える“役に立つRT”からは大きく外れています。逆に、センサやコンピュータがなくても、アクチュエータが高度に利用されてさえいれば“役に立つRT”といえると思います」(金岡氏)
金岡氏がアクチュエータの高度利用を目指し、次世代RTの方針として提唱しているのが、「人間の代わりに何かをやってくれる強力で賢いロボットではなく、人間の持っているスキルを力学的に拡張してくれるRT」である。“すごいロボットをつくる”のではなく、“RTを使って人間がすごいことをできる”ようにする、そのために金岡氏が研究開発をつづけているのが、『マンマシンシナジーエフェクタ(MMSE)』である。
■マンマシンシナジーエフェクタ(MMSE)とは
金岡氏が研究開発をつづける『マンマシンシナジーエフェクタ=人間機械相乗効果器』とは、人間あるいは機械のみでは実現が不可能な機能を、人間と機械の力学的相互作用に基づく相乗効果(シナジー)で実現するマシンのこと。スキルを発揮するのは人間で、マシンはそれを増幅させる役割を担う。
■道具によって導かれる人間のスキル
金岡氏のMMSE開発は、2005年に開催された愛知万博「NEDO次世代ロボット実用化プロジェクト」より支援を受けたパワーフィンガーから始まった。これは重量が相当重く無骨だった。それを踏まえた発展の方向としては、小型軽量化して「おとなしく」し、一般家庭で使いやすくする方向と、逆に大型化して人間のスキルの増幅を明確化する方向が考えられた。金岡氏は家庭内でのパワー増幅は不要と判断し、MMSEを大型化させる方向へ。同じ愛知万博では腕型のパワーエフェクタ、さらにその後は脚となるパワーペダルも開発した。

MMSE試作機のひとつ、パワーエフェクタは、手先を使ってマシンハンドを操作するもの。マシンは体にベルトなどで装着する必要はなく、ロボットの手のひらにあたる部分に設けられたグリップを握るのみ。自転車のハンドルを握るような感覚である。手を動かすと、マシンがギュインギュインと音を立てながら腕についてくる。人間がグリップに伝える微弱な力に応じて精密にアクチュエータが力を発揮してマシンが追随してくるため、自分でマシンを動かしている感覚でありながら、実際の負担はゼロに近い。他のパワーアシスト技術では多くの場合「自分がロボットに動かされている」感覚となるのに反して、とてもナチュラルな操作感である。そんな操作感でありながらマシンのパワーは強力で、マシンハンドに挟んだスチール缶がいともたやすくクシャッと潰れる。金岡氏によると、パワーエフェクタの握力はおよそ500kgfに相当するという。しかも硬いものだけでなく、スポンジのような柔らかいものもそっと掴み上げることが可能。コツを掴めば生卵を握ることもできるそうだ。
「あくまでもスキルを駆使するのは人間で、MMSEは人間の直感的なスキルを増幅するための“道具”です。例えば人間は、自転車を発明したことで、倒れずに脚でペダルを漕いで前に進むスキルを身に着けましたよね。バイクも、自動車もそうです。パソコンも同じで、パソコンを使って計算をしたり、文章を編集したりするスキルはパソコンが生まれて初めて磨かれたもの。人間は今まで、道具を発明することでその道具を使いこなすためのスキルを発達させてきました。そして高度なスキルは、さらに高度な道具を生み出します。人間のスキルと道具の発展は、相乗効果の関係にあるのです。私はそれと同じように、RTが導入された、より高度な道具を使うことで、人間の潜在的なスキルをさらに引き出せるはずだと思っています。MMSEは、その手段のひとつです」(金岡氏)
■ロボットと人間の相乗効果を生み出す
現在金岡氏は、指・腕・脚に関するパワー増幅機能の検証をひととおり終え、その機能の落としどころを模索中だ。そのひとつがパワーペダルを使った不整地歩行。例えばガレキの山のような不整地を歩くのは、人間にとっても大変であり、ましてやロボット単独ではほぼ不可能な行為である。金岡氏はこれを人間のスキルとロボットのパワー、さらにロボットのスキルの相乗効果を利用して解決する方法を研究している。「ゆっくり歩く時のバランス維持はロボットが得意とするところ。一方、次に脚を出す場所はどこが適当かを直感的に掴む能力は、人間の方が上です。MMSEは、その二つのメリットの相乗効果を活かせる高度な道具になりますよ。」(金岡氏)
人間の臨機応変な動きを、コマンド入力で再現するのは至難の業だ。再現できたとしても、動作に対して入力作業が膨大になってしまい、労力が見合わなくなる。これでは便利な道具とはいえない。その点、コマンド入力なしで直感的な操作ができ、しかも人間を遥かに超えるパワーを出せるMMSEは、近未来のロボットの姿として説得力が感じられるものである。
なお、金岡氏の計画では、目標によって多少は異なるものの、今回述べたMMSE関連の基礎的なRTは、研究室内では既にほぼ確立されており、現在は実用化開発への移行を目指している段階という。人間の新たなスキルを引き出す道具・MMSEの実用化に大きな期待を寄せたい。
■プロフィール
金岡克弥(かなおか・かつや)
1995年に京都大学工学部化学工学科を卒業後、1997年に京都大学大学院工学研究科化学工学専攻修士課程を修了。2002年に京都大学大学院工学研究科機械工学専攻博士後期課程を単位取得退学し、同年9月に京都大学博士(工学)。立命館大学 理工学部 ロボティクス学科 助手、講師を経て、現在は立命館大学 総合理工学研究機構 先端ロボティクス研究センター チェアプロフェッサーを務める。2008年には立命館大学発のロボットベンチャー企業「マンマシンシナジーエフェクタズ株式会社」を設立。先端ロボット制御技術の創造と、人に役立つ高機能ツールとしてのロボットの実用化に取り組んでいる。
■問い合わせ
マンマシンシナジーエフェクタズ研究室
滋賀県草津市野路東 1-1-1 立命館大学 テクノコンプレクス 232 号室
パソコン・インターネットの爆発的な普及が巻き起こした情報革命は、経済活動から私たちの家庭生活までを激変させた。携帯電話も同じく、私たちの生活に大きな変化を与えた。この二つに共通するのは、製品単体としてだけではなく社会インフラ全体のイノベーションであったこと、つまり「パソコン・インターネットがあって初めて成立する社会」、「携帯電話があって初めて成立する社会」を創り上げたという点である。どちらも初期の製品は高価で使い勝手も悪く、一部のマニアにしか売れないものだったが、今ではなくてはならない社会の基盤となっている。
では、ロボットテクノロジー(RT)はどうだろう。RTは、ITや携帯電話以上のイノベーションを社会全体にもたらすだけの高いポテンシャルを間違いなく秘めている。しかし現状では、「ロボット」という言葉によって想起されるイメージは人によってバラバラで、「ロボットがある社会」の未来像は総花的な百花繚乱の様相を呈している。そんな、ロボットイノベーションだらけのバラ色の未来は本当に来るのだろうか。
「イノベーションは、短期的な金儲けとは必ずしも両立しません。携帯電話も、四半世紀前のショルダーホンの時代には重さ3キログラムでした。その時代に、綿密な市場調査を行なってニーズを把握し“短期的に儲かる携帯電話ビジネスプラン”を立案することに果たしてどれほどの意味があったでしょうか? 今となっては陳腐な話ですが、私には今の“ロボットビジネス”も同じ状況にあるように思えてなりません。大事なことは、今目の前にあるハードウェアの性能や見た目に縛られず、本質を見抜くことです。二言目には“イノベーション”と繰り返す人ほど、ショルダーホンを近視眼的に見て“こんな重いものは役に立たない”と言ってしまうことに注意しなければなりません。ポーズだけではなく本気でイノベーションを起こしたいなら、その“携帯する電話”としての本質が描き出す近未来のビジョンを予測する想像力・創造力、すなわち“目利き”が不可欠なのです。そして“目利き”とは客観ではなく主観です。客観的データが不要とは言いませんが、データからイノベーションが生まれるはずもないのです。今のロボットビジネスの分野には、“客観的データに基づくビジネスプラン”は溢れていますが、主観的な目利きは決定的に欠けています。これではニッチな市場を掘り起こすことはできても“ロボットがあって初めて成立する社会”をつくるのは難しい」(金岡氏)その社会を創り出すには、今はまだバラバラな「ロボット=○○○」というイメージを、多くの人々が共有するところからスタートしなくてはならない。では、金岡氏の考える「○○○」とは。
「一般的にはセンサ+コンピュータ+アクチュエータといわれますが、これは多くの家電にも当てはまります。これをロボットというカテゴリーで一絡げにしてしまうのは少々乱暴に思います。あるいは、ロボットのイメージを統一するなどとは考えない方がいいのかもしれません。ロボットの定義は人それぞれであっていいと思います。むしろ必要なのは“役に立つRT=○○○”というコンセンサスです。ロボット工学は、機械工学、特に力学を礎として発展してきました。その点で私は、ロボットの本質とは力学的相互作用であり、それこそが人間の役に立つ機能になりえると考えます。平たく言えば、アクチュエータの高度利用こそが○○○、つまり役に立つRTの肝だということです。アクチュエータが可愛い身振り手振りを表現するためだけに使われているようなシステムは、いくら高度な画像認識技術/音声認識技術/ネットワーク技術等が使われていても、私が考える“役に立つRT”からは大きく外れています。逆に、センサやコンピュータがなくても、アクチュエータが高度に利用されてさえいれば“役に立つRT”といえると思います」(金岡氏)
金岡氏がアクチュエータの高度利用を目指し、次世代RTの方針として提唱しているのが、「人間の代わりに何かをやってくれる強力で賢いロボットではなく、人間の持っているスキルを力学的に拡張してくれるRT」である。“すごいロボットをつくる”のではなく、“RTを使って人間がすごいことをできる”ようにする、そのために金岡氏が研究開発をつづけているのが、『マンマシンシナジーエフェクタ(MMSE)』である。
■マンマシンシナジーエフェクタ(MMSE)とは
金岡氏が研究開発をつづける『マンマシンシナジーエフェクタ=人間機械相乗効果器』とは、人間あるいは機械のみでは実現が不可能な機能を、人間と機械の力学的相互作用に基づく相乗効果(シナジー)で実現するマシンのこと。スキルを発揮するのは人間で、マシンはそれを増幅させる役割を担う。
■道具によって導かれる人間のスキル
金岡氏のMMSE開発は、2005年に開催された愛知万博「NEDO次世代ロボット実用化プロジェクト」より支援を受けたパワーフィンガーから始まった。これは重量が相当重く無骨だった。それを踏まえた発展の方向としては、小型軽量化して「おとなしく」し、一般家庭で使いやすくする方向と、逆に大型化して人間のスキルの増幅を明確化する方向が考えられた。金岡氏は家庭内でのパワー増幅は不要と判断し、MMSEを大型化させる方向へ。同じ愛知万博では腕型のパワーエフェクタ、さらにその後は脚となるパワーペダルも開発した。

MMSE試作機のひとつ、パワーエフェクタは、手先を使ってマシンハンドを操作するもの。マシンは体にベルトなどで装着する必要はなく、ロボットの手のひらにあたる部分に設けられたグリップを握るのみ。自転車のハンドルを握るような感覚である。手を動かすと、マシンがギュインギュインと音を立てながら腕についてくる。人間がグリップに伝える微弱な力に応じて精密にアクチュエータが力を発揮してマシンが追随してくるため、自分でマシンを動かしている感覚でありながら、実際の負担はゼロに近い。他のパワーアシスト技術では多くの場合「自分がロボットに動かされている」感覚となるのに反して、とてもナチュラルな操作感である。そんな操作感でありながらマシンのパワーは強力で、マシンハンドに挟んだスチール缶がいともたやすくクシャッと潰れる。金岡氏によると、パワーエフェクタの握力はおよそ500kgfに相当するという。しかも硬いものだけでなく、スポンジのような柔らかいものもそっと掴み上げることが可能。コツを掴めば生卵を握ることもできるそうだ。
「あくまでもスキルを駆使するのは人間で、MMSEは人間の直感的なスキルを増幅するための“道具”です。例えば人間は、自転車を発明したことで、倒れずに脚でペダルを漕いで前に進むスキルを身に着けましたよね。バイクも、自動車もそうです。パソコンも同じで、パソコンを使って計算をしたり、文章を編集したりするスキルはパソコンが生まれて初めて磨かれたもの。人間は今まで、道具を発明することでその道具を使いこなすためのスキルを発達させてきました。そして高度なスキルは、さらに高度な道具を生み出します。人間のスキルと道具の発展は、相乗効果の関係にあるのです。私はそれと同じように、RTが導入された、より高度な道具を使うことで、人間の潜在的なスキルをさらに引き出せるはずだと思っています。MMSEは、その手段のひとつです」(金岡氏)
■ロボットと人間の相乗効果を生み出す現在金岡氏は、指・腕・脚に関するパワー増幅機能の検証をひととおり終え、その機能の落としどころを模索中だ。そのひとつがパワーペダルを使った不整地歩行。例えばガレキの山のような不整地を歩くのは、人間にとっても大変であり、ましてやロボット単独ではほぼ不可能な行為である。金岡氏はこれを人間のスキルとロボットのパワー、さらにロボットのスキルの相乗効果を利用して解決する方法を研究している。「ゆっくり歩く時のバランス維持はロボットが得意とするところ。一方、次に脚を出す場所はどこが適当かを直感的に掴む能力は、人間の方が上です。MMSEは、その二つのメリットの相乗効果を活かせる高度な道具になりますよ。」(金岡氏)
人間の臨機応変な動きを、コマンド入力で再現するのは至難の業だ。再現できたとしても、動作に対して入力作業が膨大になってしまい、労力が見合わなくなる。これでは便利な道具とはいえない。その点、コマンド入力なしで直感的な操作ができ、しかも人間を遥かに超えるパワーを出せるMMSEは、近未来のロボットの姿として説得力が感じられるものである。
なお、金岡氏の計画では、目標によって多少は異なるものの、今回述べたMMSE関連の基礎的なRTは、研究室内では既にほぼ確立されており、現在は実用化開発への移行を目指している段階という。人間の新たなスキルを引き出す道具・MMSEの実用化に大きな期待を寄せたい。
■プロフィール
金岡克弥(かなおか・かつや)
1995年に京都大学工学部化学工学科を卒業後、1997年に京都大学大学院工学研究科化学工学専攻修士課程を修了。2002年に京都大学大学院工学研究科機械工学専攻博士後期課程を単位取得退学し、同年9月に京都大学博士(工学)。立命館大学 理工学部 ロボティクス学科 助手、講師を経て、現在は立命館大学 総合理工学研究機構 先端ロボティクス研究センター チェアプロフェッサーを務める。2008年には立命館大学発のロボットベンチャー企業「マンマシンシナジーエフェクタズ株式会社」を設立。先端ロボット制御技術の創造と、人に役立つ高機能ツールとしてのロボットの実用化に取り組んでいる。
■問い合わせ
マンマシンシナジーエフェクタズ研究室
滋賀県草津市野路東 1-1-1 立命館大学 テクノコンプレクス 232 号室








